だって、Gaboくん元気です 望郷編

故郷 焼津に住まいして、なにをしようか?

清原正吾

 爽やかな、潔い「決断」であること

清原正吾さんは、流されることなく

大人の判断ができている。

父をそして、家族を守ったんだろうなぁ

学生時代の清々しい記憶になって

新たなる人生の門出となっていく

 

 ただ、ドラフトでは「プロ」志望

自分自身の実力を評価いただいて

ダメならば、それも良し

「野球道」って言葉があるものなのか

わからないが、十分に真摯な対応をして

きっと、それだけの人格を持っているのだから

目指すべき人生の目標はすでにあるんだろう。

 

 

慶大の清原正吾内野手、卒業後は野球続けない意向 父は和博氏



ホームランボールを持ち、喜びを語る慶応大の清原正吾選手=神宮球場で2024年10月7日午後4時16分、黒詰拓也撮影

ホームランボールを持ち、喜びを語る慶応大の清原正吾選手=神宮球場で2024年10月7日午後4時16分、黒詰拓也撮影

 

 西武や巨人などで歴代5位の通算525本塁打を記録した清原和博さんの長男で、慶応大の正吾内野手(4年)が24日、卒業後に野球を続けない意向を明らかにした。プロ志望届を提出したが、10月24日に行われたプロ野球新人選手選択(ドラフト)会議で指名漏れし、進路に注目が集まっていた。正吾選手が慶大野球部を通じて発表したコメントは以下の通り。

清原正吾選手

 プロ志望届を提出してから今日まで真剣に悩み、向き合った結果、今後は野球の道ではなく、新たに目標を持ち、社会に出る準備をすることにしました。

 大学から再び始めた野球人生でしたが、どれもが自分を成長させてくれる貴重な経験ばかりでした。

 監督、チームメート、家族、そして応援し、支えてくださった皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

 

 

慶大・清原正吾が野球引退 オイシックス、くふうハヤテ、独立Lなどオファー9球団に断り

慶大・清原正吾

慶大・清原正吾
© スポーツ報知/報知新聞社

 

 慶大の清原正吾内野手(4年=慶応)が野球引退を決断したことが24日、分かった。西武、巨人、オリックスでプロ通算525本塁打を放ったレジェンド・清原和博さん(57)の長男。イースタンリーグオイシックスウエスタン・リーグのくふうハヤテ、独立リーグの7球団と計9球団からオファーを受けていたが、この日の朝、堀井哲也監督(62)が断りの連絡を入れた。

 清原は慶応幼稚舎(小学校)3年から「オール麻布」で野球を始めたが、慶応普通部(中学)でバレーボール部、慶応高でアメフト部でプレー。6年間のブランクがありながらも、慶大野球部の門をたたき、猛練習に励んだ。スポーツ報知のインタビューで、その理由をこう語っていた。

 

「学生最後というところで、親孝行したいなと思って。両親が一番喜ぶ選択肢は何かなと考えたとき、もう一度野球をやって結果を残したら、本当に喜ぶだろうなと。そういう意味で決心しましたね」

 2年秋にリーグ戦デビュー。4年春からは「4番・一塁」に定着し、春のリーグ戦では一塁手ベストナインにも選ばれた。8月31日にエスコンフィールドで行われた東京六大学選抜と日本ハム2軍の試合では育成左腕・山本晃大から豪快な一発を左翼席にたたきこみ、確かな成長を見せた。

 9月12日にはプロ志望届を提出。しかし10月24日のドラフト会議でNPB球団からは指名はなかった。それでも気持ちを切らすことなく、11月9日の早慶1回戦では3号ソロを含む4打数4安打と大暴れ。ネット裏の父・和博さんへ感謝の一発をささげた。

 野球継続か、就職浪人をしての一般就職か。11月10日の早慶2回戦後には、「明日以降、自分と見つめ合って考えたい。まだ何も自分の中で腹に落として決めきれていない。どの選択肢もあり得る」と熟考する意向を示していた。そして出した結論は、ユニホームを脱ぐことだった。大観衆の前でこそ燃える抜群のスター性。豪快なスイングで神宮の杜を沸かせた清原が、惜しまれながらバットを置く。(加藤 弘士)

 ◆清原 正吾(きよはら・しょうご)2002年8月23日、東京都渋谷区生まれ。22歳。慶応幼稚舎(小学校)3年から「オール麻布」で野球を始め、慶応普通部(中学)でバレーボール部、慶応高でアメフト部。慶大で野球に再チャレンジ。2年秋にリーグ戦デビューし、通算31試合で114打数29安打の打率2割5分4厘、3本塁打、12打点。今春のリーグ戦で一塁手ベストナイン。186センチ、90キロ。右投右打。

 

 

慶大・清原正吾「僕はプロ野球選手になれなかった。その夢は弟に託したい」来春入学の勝児を家族でサポートへ

 

慶大野球部の納会に出席し、堀井監督(左)に感謝を述べる清原正吾(カメラ・加藤 弘士)
© スポーツ報知/報知新聞社

 

 今秋限りで野球競技をやめる決断をした慶大・清原正吾一塁手(4年)が14日、横浜市内のキャンパスで行われた野球部の納会に出席した。スポーツ報知の取材に、プロ入りの夢を来春、慶大野球部に入部する弟の勝児内野手(慶応高3年)に託す思いを明かした。

 11月10日の早慶2回戦以来、34日ぶりの公の場。仲間との語らいを楽しんだ。中高6年間のブランクがある中、再び野球にチャレンジした4年間を総括した。

 「悔しいことやしんどいこと、つらいことだらけだったんですが、秋の早慶戦で2連勝して報われた気がしました」。入部時の夢は「4番として神宮で本塁打を放ち、ホームランボールを家族に贈る」。フルスイングで仕留めた3つの白球は今、両親と弟の手元にある。「僕は本塁打を打つよりも、ホームランボールを渡す時の方が、幸福度が高かったんです」と笑った。

 ドラフトでは指名なし。潔く野球をやめ、一般就職を決断した。「僕はプロ野球選手にはなれなかった。その夢は弟に託したい。できる限りサポートしたい。家族で弟を応援する、また新しい日々が始まると思う」と言い切った。

 父・和博さん(57)に野球をやめることを報告すると「お疲れさま。いいものを見せてもらったよ。感動をありがとう」とねぎらわれた。今後は就活に全力投球する。「野球を離れていても、人を笑顔にさせる、元気づける、生きる活力を与えられる存在でいたい。ずっとこの清原正吾のまま、突き進みたい」。大いなる人生。まっすぐ挑戦し続ける。(加藤 弘士)