横内 昭展監督 辞任のお知らせ
横内 昭展(よこうち あきのぶ)監督 プロフィール
| 生年月日 | 1967年11月30日 |
|---|---|
| 出身地 | 福岡県 |
| 選手歴 | 東海大学第五高校→マツダSC/サンフレッチェ広島 |
| 指導歴 | サンフレッチェ広島スカウト、スクールコーチ(1996年) →サンフレッチェ広島ジュニアユース コーチ(1997年~1998年) →サンフレッチェ広島ユース コーチ(1999年) →日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ(中国地区担当)(2000年~2002年) →U-21 日本代表コーチ、U-17 日本代表 コーチ(2002年) →サンフレッチェ広島 トップチーム コーチ(2003年~2017年) →U-20 日本代表 コーチ(2017年) →U-21日本代表/SAMURAI BLUEコーチ(2018年) →U-22日本代表/SAMURAI BLUEコーチ(2019年~2022年) →ジュビロ磐田トップチーム 監督(2023年1月~) |
横内 昭展 監督 コメント
ファン・サポーターの皆様、パートナー企業の皆様、いつも多大なるご支援ご声援ありがとうございます。
今シーズンをもってジュビロ磐田を離れることになりました。
この2年間、皆様には苦しくてつらい思いをさせてしまうことの方が多かったと思います。
それでもチームや私を信じて、最後まで一緒に戦ってくれた皆様に感謝しかありません。
特にホーム最終戦、残留の望みがあるとはいえ厳しい状況は変わらない。試合終了後にブーイングを受けても仕方がないときでも、チームや私を信じてコールし続けてくれたこと、今でも心に響いています。
それに結果で応えられなかったことに、大変申し訳なく思っています。
ジュビロ磐田はこれからも続いていくクラブです。
必ずJ1に戻り、J1でタイトルが取れる強いジュビロ磐田を、ジュビロファミリーの皆様と共に築いてくれることを願っています。
最後になりますが、共に戦ってくれた選手、スタッフ、そしてジュビロ磐田に関わる全ての皆様に支えていただいたことに、心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。
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三浦 文丈ヘッドコーチ 退任のお知らせ
三浦 文丈(みうら ふみたけ)ヘッドコーチ プロフィール
| 生年月日 | 1970年8月12日 |
|---|---|
| 出身地 | 静岡県 |
| 選手歴 | 清水商業高校→筑波大学→横浜マリノス→京都パープルサンガ→ジュビロ磐田→FC東京 |
| 指導歴 | FC東京 トップチーム コーチ(2007年) →FC東京U-15むさし コーチ(2008年) →横浜F・マリノス トップチーム コーチ(2009年) →横浜F・マリノスジュニアユース 監督(2010年~2012年) →アルビレックス新潟 トップチーム コーチ(2013年~2014年) →アビスパ福岡 トップチーム コーチ(2015年) →AC長野パルセイロ トップチーム 監督(2016年) →アルビレックス新潟 トップチーム 監督(2017年~2017年5月) →ファジアーノ岡山 トップチーム ヘッドコーチ(2018年) →SC相模原 監督(2019年~2021年5月) →松本山雅FC トップチーム コーチ(2021年6月~2022年) →ジュビロ磐田 トップチーム ヘッドコーチ(2023年~) |
三浦 文丈ヘッドコーチ コメント
ジュビロ磐田に関わる全ての皆様。
今シーズンの目標である勝点40、そしてJ1残留を成し遂げることができず、申し訳ありませんでした。
昨年の昇格から、今シーズンもしっかりと横内監督をサポートし、目標達成させるつもりでしたが、力が足りず申し訳ない気持ちでいっぱいです。
23年ぶりに戻ったジュビロ磐田は、本当に素晴らしいクラブでした。
だからこそ、なんとかJ1にしがみつき残留させ、次のステージへ少しでも押し進めたかったです。微力ながらそう思っていました。
私自身はこのタイミングでジュビロ磐田を離れますが、来シーズン以降のジュビロ磐田の発展と躍進を願っています。
2年間、本当にありがとうございました。
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【ジュビロ磐田】横内監督の辞任発表「コールし続けてくれたこと、今でも心に」 クラブ側は慰留も引責の意思かたく
テレビ静岡 によるストーリー
ジュビロ磐田】横内監督の辞任発表「コールし続けてくれたこと、今でも心に」 クラブ側は慰留も引責の意思かたく
© テレビ静岡
J2降格が決まったジュビロ磐田は、12月11日、昨シーズンから指揮を執っていた横内昭展 監督の辞任を発表しました。
ジュビロ磐田は2024シーズン夏場以降に失速し、最終節で鳥栖に敗れ1年でのJ2降格が決まりました。
チームを指揮した横内監督は、2023シーズンにクラブが補強禁止処分をうけるなか1年でのJ1復帰を果たしていて、続投を求めるクラブに対し降格の責任をとる意思を示し、11日に辞任が発表されました。
横内監督は「ブーイングを受けても仕方がないときもコールし続けてくれたこと、今でも心に響いています。結果で応えられず大変申し訳なく思っています。J1に戻りタイトルが取れる強いジュビロを築いてくれることを願っています」などとコメントしています。
金子 翔太(かねこ しょうた/MF)選手 プロフィール
| 生年月日 | 1995年5月2日 |
|---|---|
| 出身地 | 栃木県 |
| 身長/体重 | 163cm/58kg |
| サッカー歴 | JFAアカデミー福島→清水エスパルス→栃木SC→清水エスパルス→ジュビロ磐田 |
出場記録
| 年度 | 所属 | リーグ戦 | カップ戦 | 天皇杯 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | |||
| 2014 | 清水 | J1 | 2 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 |
| J-22 | J3 | 9 | 2 | - | - | - | - | |
| 2015 | 清水 | J1 | 5 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 |
| 栃木 | J2 | 5 | 1 | - | - | 1 | 0 | |
| J-22 | J3 | 9 | 1 | - | - | - | - | |
| 2016 | 清水 | J2 | 22 | 4 | - | - | 4 | 2 |
| 2017 | 清水 | J1 | 26 | 4 | 4 | 1 | 3 | 0 |
| 2018 | 清水 | J1 | 34 | 10 | 0 | 0 | 2 | 0 |
| 2019 | 清水 | J1 | 33 | 1 | 1 | 0 | 4 | 0 |
| 2020 | 清水 | J1 | 30 | 5 | 1 | 0 | - | - |
| 2021 | 清水 | J1 | 5 | 0 | 7 | 1 | 2 | 0 |
| 磐田 | J2 | 17 | 1 | - | - | - | - | |
| 2022 | 磐田 | J1 | 23 | 3 | 6 | 1 | 3 | 0 |
| 2023 | 磐田 | J2 | 29 | 6 | 4 | 1 | 0 | 0 |
| 2024 | 磐田 | J1 | 14 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 |
| 通算 | J1 | 172 | 24 | 26 | 3 | 15 | 0 | |
| J2 | 73 | 12 | 4 | 1 | 5 | 2 | ||
| J3 | 18 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
金子 翔太選手 コメント
このたびジュビロ磐田と契約満了になりました。
約3年半前、移籍先を検討しているなか1番にオファーをくださったジュビロ磐田。ライバルクラブからのオファーに、驚きと嬉しさと不安が入り混じった感情になったのを、今でも鮮明に覚えています。
その不安を解消してくれたのは、優しい選手達やスタッフ、そしてサポーターの皆さん。僕に関わる全ての方々でした。
このクラブのために全てを捧げようと誓いましたが、2度の昇格と2度の降格という結果になってしまいました。
今シーズンは出場時間も激減して、やるせない気持ちと期待に応えられない悔しさで、皆さんに悲しい思いをさせてしまいました。
J1へ戻るために尽力したい気持ちでいましたが、クラブを去ることになり残念です。
ジュビロ磐田は来季J2で闘いますが、皆さんの後押しがなければ険しい道のりになります。クラブを去る自分が言うのが正しいか分かりませんが、ジュビロ磐田をよろしくお願いします。
最後にはなりますが、僕はヤマハスタジアムでプレーするのが大好きで、皆さんの声援に心を動かされ、背中を押され、胸を熱くさせられました。ジュビロ磐田で経験したことを今後のキャリアに繋げ、その活躍を皆さんに届けていきたいと思います。
そしてまたヤマハスタジアムでプレーすることを、楽しみにしています。
3年半、本当にお世話になりました。
金子 翔太選手 契約満了のお知らせ | ニュース | ジュビロ磐田 Jubilo IWATA
藤川 虎太朗(ふじかわ こたろう/MF)選手 プロフィール
出場記録
藤川 虎太朗選手 コメント
ジュビロファミリーの皆さん、今シーズンをもってジュビロ磐田を離れることになりました。
高校卒業から、育成型期限付き移籍も含めて8年間在籍しました。
自分自身、結果が中々出ず悔しいことの方が多かったように思います。
ですが、たくさんのサポーター、監督やチームスタッフ、家族、そしてチームメイトの皆さんにはいつも支えれられて、感謝しかありません。
次に会うときは別のチームでの再会になりますが、またジュビロファミリーの皆さんと会えることを楽しみにして、頑張っていきたいと思います。
そしてこれからも藤川虎太朗を見ていてください。
本当に8年間ありがとうございました。
藤川 虎太朗選手 契約満了のお知らせ | ニュース | ジュビロ磐田 Jubilo IWATA
磐田DF小川大貴が契約満了…下部組織含めて17年間の在籍「どこに行こうと常に想い、応援し続けていきたい」
ジュビロ磐田は13日、DF小川大貴(33)との契約満了を発表した。今季途中からジェフユナイテッド千葉に期限付き移籍していた。
小川は磐田U-18から明治大を経由して2014年に磐田に加入。今年7月に千葉への期限付き移籍が決まり、J2で13試合に出場した。磐田を退団することに際し、以下のようにコメントしている。
「今シーズンを持ってジュビロ磐田を離れることになりました。ACNジュビロ沼津、ジュビロ磐田U-18時代を含め17年間本当にお世話になりました。夏に移籍する際にもお伝えさせていただきましたが、幼少期の頃からの夢である『ジュビロ磐田』でプレーできたことは、僕にとってかけがえのない日々であり夢のような時間でした」
「今回満了になることを告げられたとき、悔しさや寂しさなどの感情もありましたが、それ以上にたくさんの感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。この11年間で、ジュビロを愛し、支え、鼓舞し続けてくれたたくさんのサポーターに出会えたこと、サッカーを通じてピッチ内外でたくさんの仲間に出会えたことに本当に感謝しています」
「振り返ると度重なる怪我やJ2降格など、難しい日々を過ごした期間の方が長いかもしれません。それでも挫けず常に前を向き仲間を信じ戦ってこれたのも、ジュビロ磐田というクラブが大好きであり、このクラブと共にさらなる高みを目指したいと思っていたからです。今はサポーターの皆さんが望んでいた状況ではないかもしれませんが、この状況をみんなで乗り越えてこそ見える素晴らしい景色が待っていると僕は信じています。クラブを信じ、選手を信じ共に戦い続けてください」
「最後に。ジュビロ磐田というクラブは、僕にとっての心のクラブです。どこに行こうと常に想い、応援し続けていきたいと思います。ただ一つ、最後にサポーターの皆さんに会えずに終わってしまったことはとても心残りですが、選手としてまたヤマハスタジアムのピッチに戻って来れることを目指して、これから頑張っていきたいと思います。また必ず会える日を信じて。17年間ありがとうございました!!」