だって、Gaboくん元気です 望郷編

故郷 焼津に住まいして、なにをしようか?

庭木の剪定 2024

 うちの場合、

「お父さんの唯一の楽しみだから」

「1年に一度、植木屋さんに入ってもらおう」:母

いつの頃の会話だったのか、記憶にない

でも、職人さんの仕事はすごいと思うよ

さっぱりと、きれいに整うと

大した樹木があるわけじゃないのに

「庭園」って、風に見えるからねー

 

 18日(木)から来てくれるそうです。

お茶出しとか、気にしているママです。

機転の利くママですから、大丈夫でしょう。

土日は家族みんなでお願いします。

(自分は休日勤務になる予定です。)

 

 静岡県西部の方は

からっ風、、というのか

確かに「風」の強い日がありますねー

春一番」っていつだったっけ?

「去年もパパ、同じこと言ってたよ」

思考回路にバージョンアップはない様子

えーっと、、「春一番」は。

 

春一番とは?時期や定義は?

立春を過ぎて初めて吹く強い南よりの風春一番と呼びます。

春一番」の定義と時期

春一番北日本と沖縄を除く、地域で発表されます。
気象庁では立春(2/4頃)から春分(3/21頃)までの間に、日本海で低気圧が発達し、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(前日より昇温)、(やや)強い南よりの風(8m/s以上)としています。
(条件は地域ごとに少し違います。例:九州北部では風は7m/s以上など)

低気圧が発達しながら日本海を北上すると、南から暖かな風が低気圧に向かって強く吹き込み、季節外れの暖かな陽気となります。

関東地方で春一番が吹いた天気図

春一番吹いた天気図

春一番の由来

 昔、1859年2月13日に長崎県壱岐郡郷ノ浦町の漁師が出漁中に、強風によって転覆し、53人の死者を出してと言われています。このため、「春一番」は春の訪れを感じさせてくれる響きではあるものの、急発達する低気圧をお知らせする防災上非常に重要な表現として言い伝えられています。
 当時、漁師の間で「春一」と呼ばれて物を「春一番」と呼ぶようになったそうです。

 文字通り春の到来を告げる優しい風のように感じますが、海上は大シケで海難事故が発生し、空のダイヤも乱れ警戒を要する風でもあります。
春一番が吹くと季節外れの暖かさとなりますが、低気圧の通過後は冬型の気圧配置となり、日本海側では雪や雨、各地の気温もその時期らしい寒さに戻り、日ごとの気温差が大きくなります。

春一番とは?時期や定義は? | お天気.com

 

 

               母 撮影「ウッチぃ」

 

 自分たちが焼津市に引っ越して来て5年。

さとしくんが小学校の入学と同時にやって来て

この春には新6年生になる。

 

 母は、そのときに

「あと5年、お店の仕事をやらせてほしい」

「そのあとは、あんたの好きにしな」

「ピアノは明るい場所に置いてあげて」

「お店の仕事は継がない方が賢明」

1年の闘病の上、旅立ってしまった。

母の一周忌のすぐあと、父も逝き、、そして今

「母の言っていた、ちょうど5年になった」

両親が健在ならば、有り様は変わっていただろうか。

 

 お店をリフォームした「多目的室」

年末の大掃除でLEDライトのカバーに入った「虫」を

きれいにした。母の掃除の仕方より、よっぽどに丁寧だ。

ゴロンと横になって、きれいになったライトを見上げる

このスペースが、母のすべてだったか?

そんなことはない、こんなに狭い空間だけで

納得できる、気の済む人ではなかった。

 母のカメラに収められていた写真

「母の撮った写真」を改めてみると当時

この空間での当時のシーンが、あざやかに浮かび

なんやら、ドキドキするのは不思議。

 

 5年まえ、自宅に帰って来た頃

棲み家はリフォームし

大工さんとは、ママがやりたいようにデザインし

そして十分に打ち合わせをし、新しい我が家に造り替えた。

 でもねー

「庭木を楽しむだけ」の父は

雑草だらけにしていて、夏場の「蚊」の発生は

ひどいものだった。

雑草を天地返しで引っこ抜いて、砕石を敷き詰めた

「本当に草が1本もなくなった」:父

もちろん、父の楽しむ山野草のスペースは

そのまま残して、スペースは大きな石で囲んで

整理をすると、数年で「蚊」は激減

これなら、さとしの友達が蝉取りに来ても大丈夫。

おかげで、将来の夢は「生物学者」なんだそうだ。

 我が家の面々は

「庭で楽しむ」ことを優先し

去年はバスケゴールを設置した。

過ごしてきたこの5年間で、相当に景色は変わったのかもしれない。

 

 両親が健在ならば

どんなふうに声を掛けてくれるだろうか?

「おいっ!この酒でよかったら呑め」

なーに、いつもと変わらないじゃん。

かっぱえびせん」をつまみにして

1升瓶が1本空く。

 母は元々、洋裁の先生だから

きっと、孫の洋服を作っていただろう。

買物も大好きだったから

父を放って、伊勢丹あたりに出掛けていたかなぁ。 

 

母 撮影「餌付けのスズメ」